2010年7月23日

松阪旅行

こんにちは。
和モダン.com(TOKYO)のアイです。
梅雨がやっとあがったと思ったら
暴力的な暑さが続く毎日です。
梅雨明けからわずか数日で夏ギブアップです。
早く涼しくなってくれーーーー。

ところで今回のブログは、去年の夏に旅した
三重県について書き連ねていこうと思っています。
(三島由紀夫の『潮騒』の舞台となった神島への旅については
09/9/3、11/25と2度程書かせて頂きました。)
今回は観光に食に期待以上に素晴らしかった松阪について思い出しながら書いていきます。

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松阪といえば何といっても松阪牛!!ですよね!!
日本の誇るブランド牛。贅沢品。高級牛。
私には食べたことない牛ちゃんでした。
ですからこの三重旅行のハイライトとして松阪でのディナーを
設定していました。

ディナーの前にまずは松阪城に向かいました。
そこで目にした下の光景↓
思わず撮ってしまったのですが、、、、
0907matsuzaka_jyou_jyouheki.jpg

松阪城の石垣に登って写真を撮り合う仲睦まじいカップル。
う~ん、これぞひと夏の思い出!
高い石垣も堅牢で圧巻です。

「松阪城跡」の石碑↓
0907matsuzaka_jyou_sekihi.jpg

上のほうに登っていくと花火の残骸が。
0907matsuzaka_jyou_hanabi.jpg
ゴミは持ち帰りましょう。

全く見えないかもしれませんが「天守閣跡」と石碑が立っています。
0907matsuzaka_jyou_tenshuka.jpg

城の一角には日本の誇る国学者・本居宣長の記念館があります。
0907motoori_nobunaga_kinenk.jpg

本居宣長についてはここを訪れる前までは
「そういえば歴史の教科書に出てきてたなー」
位の認識だったのですが、
記念館に展示してある資料を見たりしていたら
俄然興味が湧いてきました。
なかなか興味深い人なのですよーー。
手元にある資料をかいつまんで皆さんにお伝えすると、、、、

本居宣長は
1730年、8代将軍徳川吉宗の時代に生まれ、1801年に没したそうです。
当時にしては背が高く、170cm位あったそうです。

小さい頃から勉強家で
14歳の時には天気予報に関する記事をまとめたり、
16歳の時には松阪のミニ観光ガイドを書いたり、
17歳の時には日本地図を描いたりしています。
(なんと大きさ横2m、縦1.2m)

商家の生まれですが、母親の勧めで医者になり
昼間は医者、夜は勉強という2足のわらじだったそうです。
古事記の研究に没頭し、
源氏物語や和歌について調べたそうです。
なんと「古事記」を35年もかけて解読し
44冊からなる「古事記伝」を完成させました。

2Fに勉強部屋があり、名前を「鈴屋(すずのや)」といったそうです。
なぜなら
本居宣長は勉強に疲れた時に鈴を鳴らして
リフレッシュしたそうです。
資料館にはたくさんの鈴が展示してありました。
さすが「もののあはれ」を知る方です。
休息の仕方も雅です。
私も仕事に疲れた時に鈴でも鳴らそうかなぁ~。


本居宣長記念館についてはこちら


城跡を出ると 御城番屋敷 がありました。
0907gobanchou_yashiki.jpg

立派な生垣です。
江戸末期に旧紀州藩士が松阪城警護のために移り住んだ武家屋敷だそうです。
現在も人が住んでいます。
内部を公開し、資料を展示している家もあるそうです。


松阪は短編「檸檬」で有名な梶井基次郎も滞在したことがあるそうです。
彼の姉夫婦が住んでいて、結核療養のために滞在し
「城のある町にて」のモチーフを得たそうです。
0907kajii_motojirou.jpg
(現在は民家で、看板が梶井基次郎のことを伝えるのみです)

松阪商人の館
0907matsuzaka_shounin_no_ie.jpg
時刻が遅かったので閉館していて中を見学することは
できませんでした。

松阪はのんびりとしていながら歴史と品がある町で
とても素敵でした。
機会があれば是非皆さんもお越し下さい♪

ブログは松阪牛にたどりつく前に力尽きてしまいました。
続きはまた今度★


松阪市観光HPはこちら

投稿者 wamodern.com : 17:02 | コメント (0)

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