2012年5月22日

宮古に行ってきました。

こんにちは。
和モダン.com kobeのogawaです。

今年は、関西で、関東で、東北で桜を愛でた春でした。
GWに岩手の友人の実家でのんびりと過ごさせてもらい、
(それはそれは桃源郷のような、花と植物に囲まれたいい空間でした。
機会があったら改めて書きたいと思います。)

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そして、一日、宮古市の田老町に行き、被災地ガイドさんに
お話をきいてきました。
今回は田老町レポートをお届けします。

盛岡からバスで2時間ほど。宮古に到着。

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さらにバスで少しゆくと、田老町に。
ガイドさんと合流です。車で案内をしてくださいます。

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住宅が建ち並んでいたとは想像がおいつかない広い更地に
瓦礫の山が。
「がれき」といっても、住んでいた方々にとっては大事な
財産だったもの。避難を呼びかけていた消防車も津波に。。。涙

 
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今は限りなくおだやかに見える海のどこにこれだけの力があると
いうのでしょうか。6階建てのホテルの3階までを流す威力が。。。

 
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ホテルの6階で当時の貴重な映像を見せていただきます。
この窓の向こうにそんな光景が広がっていたということが
どうにもイメージできないというか考えたくないというか。。。
しかし、映像は現実に起きたことなんですよね。。。
 
 
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田老町は過去にも何度か地震と津波の被害にあい、防災の町として
かなり力をいれてきたところ。
碁盤の目にできた路地のコーナーは隅切りにして視界を広く保つ、
ソーラーパネルを設置して、夜でも避難路に灯りがともる、
防潮堤も3本、
そんな意識の高さのおかげで、避難できた人達が多かったものの、
予想以上の津波に、ここなら大丈夫と思っていた避難所にいて流された方もいたとのこと。
あと数メートル高いところにいたら。。。
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当時、家も流され、仕事も失ったというガイドさんのお話をききながら
実際に町や防潮堤に立つと、その被害の大きさ、距離感や高さを感じて言葉がでません。

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町の高台には昭和8年にきた地震と津波の教訓として石碑があるそうです。
  
一、大地震の後には津浪が来る
一、地震があったら此処へ来て一時間我慢せ
一、津浪に襲われたら何処でも此の位い高所へ逃げろ
一、遠くへ逃げては津浪に追い付かる
一、常に近くの高い所を用意して置け

この教訓がもっと徹底して伝え残っていたら!


ガイドさんは一度はこのお仕事を断ったそうですが、
またいつ起こるとも限らない、防災の意識を高めてほしい、
風化させないために伝えていかなくては、そんな一心でやっておられるようでした。

涙にくれた後は、もう前に進むしかない、と前を向いて
生きている姿が印象的でした。


そんなガイドさんに教わったことを早速実践しています。
皆さんも100円ショップへGo!

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声が出せなくても生きてると伝えるホイッスル(これ防犯にもなりますね。)
停電になった時にはLEDライト(小さいのに結構明るい!)

比較的持ち歩く携帯電話につけてます。
 
 
 
ちなみに車は避難する方向に向かって常に止めるんだそうです。
(方向転換している時間はないから。)
 
  
 
復興にかなり時間はかかるかもしれませんが、確実に一歩一歩
前に進んでいる強さも感じました。

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風光明媚な浄土が浜

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一日一日を大切にしたいものです。
 
 

投稿者 wamodern.com : 09:40 | コメント (0)

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